『
JB Press 2014.12.19(金) 渡部 悦和
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42486
ロシアを窮地に追い込む原油安と経済危機止まらぬルーブル安で経済破綻寸前、
窮したプーチン大統領は何を仕出かす?
❏ロシア・ルーブル急落、
過去最安値記録 試される大統領の手腕
2014年も残り少なくなってきたが、この1年間の世界の動きを安全保障の観点特にウクライナ紛争が世界全体に与えた影響を中心として考察してみたい。
国連が発表したデータ(12月7日時点)によると、今年4月から始まったウクライナ東部での紛争で4634人が死亡し、1万243人が負傷した。
死者の中には7月に親ロシア派の武装勢力に撃墜されたと思われるマレーシア航空機の乗客乗員も含まれている。
これは大変大きな数字で、いかに大きな損害がウクライナ紛争によりもたらされたかが分かる。
この損害の責任の大半はロシア、特にウラジーミル・プーチン大統領にある。
プーチン氏の命令により実施されたクリミアのロシアへの編入後の3月18日に実施した演説の瞬間が彼の栄光の絶頂だったのであろう。
その後のウクライナ東部へのロシア軍の侵攻に伴う欧州・米国・日本などの対ロシア経済制裁と原油価格の急激な下落が今後長く続くと、ロシアの財政破綻の可能性もあると言われている。
プーチン氏の栄光は半年しか続かなかったのである。
彼は今後、自らが命令したロシア軍によるウクライナ侵略の報いを受けることになる。
■欧州を震撼させたロシア軍によるウクライナ侵攻
NATO(北大西洋条約機構)加盟国にとって
ロシアによるクリミア編入とウクライナ東部への軍事侵攻は衝撃的
であった。
冷戦終結以降で最大の衝撃的出来事であると指摘するNATO関係者が多い。
1991年のソ連崩壊以降、ロシアとの戦争を真剣に想定してこなかったNATOはその軍事費を逐次削減し、その能力を低下させてきた。
そのために、今回のロシア軍の不法な行動にもなす術がなかったのである。
ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連書記長は、ウクライナ紛争後の欧州情勢について「新たな冷戦が始まった」と述べたが、その表現が適切であるかどうかは別として、直感的にそれに近い思いを抱く人は多いと思う。
クリミア編入には歴史的な背景があり、ロシア人にとってクリミアはロシア領だと信じている者が多いし、クリミアで生活しているロシア人も多かった。
そして、ウクライナへクリミアを割譲したのはウクライナ出身のニキータ・フルシチョフ書記長(当時)であった。
ロシア民族からウクライナ民族への「同胞のプレゼント」として送られたのだ。
当時の彼にはまさかソビエト連邦が崩壊し、ロシアとウクライナに国が分かれるとは予想だにしなかったであろう。
今回のウクライナ編入は明らかにプーチン大統領の決断であり、比較的迅速にロシア軍特殊部隊を派遣し、クリミア自治共和国では2月27日以降、議会と政府庁舎、空港を占拠させ、各地でウクライナ軍施設を包囲し、投降を促し、次々と支配下に入れた。
プーチン大統領は、ロシア軍による活動を否定し、「地元の自衛勢力が活動したのだ」と発言したが、多くのマスコミが現地で直接取材した結果としてロシア軍であると断定しているし、米国のバラク・オバマ大統領も「ロシア軍がクリミア半島を侵略している」と主張した。
3月16日クリミアでロシアへの編入を問う住民投票が行われクリミアがウクライナから独立することを大多数が支持した。
翌17日にはプーチン大統領がクリミア独立を承認、24日にはロシアのクリミア編入が事実上完了した。
その後、親ロシアの反政府グループがウクライナ東部を占領する行動に出たためにウクライナ政府軍との間で戦闘が繰り返された。
ウクライナ軍は、一時は親ロシアグループを敗北寸前にまで追い詰めたが、1000人以上に及ぶロシア軍のウクライナ侵攻により形勢は逆転し、ロシア軍の攻勢が続き、ウクライナ大統領ペトロ・ポロシェンコ氏は9月5日、停戦を受け容れざるを得なかった。
この間、マレーシア航空17便が7月17日、何者かに撃ち落されたが、ウクライナ政府は即座に「親ロシア・テロリスト・グループの犯行である」とし、証拠として撃墜に関する通信記録を世界に公表した。
しかし、親ロシアグループとプーチン大統領は「ウクライナ軍の犯行である」と全く正反対の主張を繰り返したが、世界的には親ロシアグループの犯行であるとする者が多い。
今回のウクライナへの軍事侵攻について、プーチン大統領は国際社会に向けて嘘をつき続けている。
ウクライナ政府や4月13日に米国務省が発表した「ロシアの作り話」により、ロシア軍のウクライナ領内での軍事活動は明らかであるにもかかわらず、それを否定し続けている。
我々は心してプーチン大統領と付き合っていくべきなのだ。
■原油価格の急落
●図1 「WTI原油価格の推移」 出典:nasdaq.com
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今年前半の原油価格は1バレル90~100ドルの幅の中で比較的安定的に推移し、また最近4年間原油の値段も1バレル110ドル程度で安定してきたが、7月以降急激に低下した。
特に11月末からの下落は急激なものとなり今や1バレル58ドル台(12月12日現在)になり、7月の100ドルから40%も下落し、産油国であるロシアにも多大の影響を与えている。
現在の世界秩序を「Gゼロ」、つまり世界の諸問題の解決に向けて努力する大国がない世界
だと主張したイアン・ブレマー氏のツイッターをフォローしていると、彼がいかに原油の動向を気にしているかが分かる。
今後とも原油の値段が国際情勢に大きな影響を与えることになり、その動向が注目される。
■二重苦に悩むロシア
ロシアが原油価格の低下と欧米諸国による経済制裁というダブルパンチに苦しんでいる。
まず、欧米諸国による対ロシア経済制裁は、プーチン大統領が主導したクリミア併合とウクライナ東部への軍事侵攻に対する制裁であり、身から出た錆である。
他国への侵略という国際法違反に伴う当然の報いであるが、この経済制裁がルーブル安、物価上昇、貿易収支の悪化、財政悪化をもたらしている。
かかる状況において急激な原油価格の下落がさらにロシアを苦しめることになった。
今やデフォルト(債務不履行)に陥る可能性がささやかれている。
ロシアの経済は、高い原油と天然ガスに支えられる一本足打法に例えられ、
輸出の7割、連邦予算の半分を石油ガス
が占めている。
他の有力な産業を育ててこなかった弱点
が明瞭になっている。
ウクライナ紛争に伴う経済制裁とオイル価格の急激な下落によりロシアの通貨ルーブルも急激に下落し、その防衛のために今年だけで6回も政策金利を上げ今や17%の高い値になっている。
特に6回目の引き上げは10.5%から17%への大幅な引き上げであった。
このレベルでの高い政策金利では将来的な経済成長が見込めなくなるが、ルーブルの急激な下落を是が非でも食い止めたいという思いが伝わってくる。
それほど、ロシアは追い込まれているのである。
クリミア併合とウクライナ東部への軍事侵攻に対するしっぺ返しは、NATOによる軍事的制裁を待つまでもなく、原油価格の低下と欧米諸国による経済制裁により達成されているのである。
クリミア編入直後のプーチン氏の絶頂期は短期間で終わり、今後は経済的な不振が彼を苦しめることになろう。
プーチン氏は、高い原油によりその権力基盤を構築できたのである。
経済的な不振は軍にも大きな悪影響を与えることになる。
その意味ではしばらく続いていたロシアン国防費の増強も終わることになろう。
この事実は、ロシアのウクライナ侵攻以降、プーチン大統領の軍事的な脅しに苦しめられてきたポーランドやバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)にとっては少しばかりの安心材料になるのであろう。
■この原油安を誰が仕かけたのか
今回の急激な原油安で苦境に立たされているのが原油輸出国であり、その中でも
特に困っているのが、ロシア、イラン、ベネズエラ
だと言われている。
これらの国々は、国際社会の中で問題国家であるとされている国々であり、特に米国にとっては好ましくない国々であろう。
私が驚くのは、これらの問題国家が最も打撃を受ける原油安がこのタイミングで起こったことである。
誰かが戦略的に急激な原油安を演出したとしか思えない
のである。
世界中で言われているのが、
「サウジアラビアがこの原油安を仕かけている」
という説であるが、この説は真実の一端を説明しているが、すべてではないと思われてならない。
一般的に原油安の要因は以下の3点であると言われている。
(1):米国のシェールオイルの生産が拡大し、世界の需給バランスに大きな影響を与えたこと
(2):世界的な景気の低迷により原油需要が低迷していること
(3):OPECが原油の減産で一致できなかったこと、特にサウジアラビアが価格低迷を甘受し、減産に応じていないこと
特に、サウジアラビアの動向に注目が集まっている。
サウジアラビアの国家財政にとっては85ドルが必要だという説があるが、まだ価格低下に対し財政上の余裕があり、減産するつもりはない。
サウジが原油低下を放置する狙いは米国のシェール産業だと言われている。
米国のシェールオイルの開発が採算割れになる水準まで相場が下がるのを待つのだと言う。
シェールオイルへの投資を減退させ、その生産量を低下させ、サウジの世界における市場シェアを守るというのだ。
私には米国とサウジアラビアがある程度の協調をしてこの原油安を演出しているのではないかと思えてならない。
狙いは、ロシアへの制裁である。
傍若無人に振舞うプーチン大統領に対する懲罰の意味合いがあるのではないかと思っている。
誰がこの原油安を仕かけたにしろ、プーチンに対する懲罰という点では絶好のタイミングであったと思うのだ。
今のところ、原油が60ドル以下の状態が長く続くという意見は少ないが、いつまでこの状態が続くかは分からない。
サウジアラビア以外のOPEC加盟国の中では、UAE(アラブ首長国連邦)、クウェートは外貨準備に余裕がある。
数年間赤字でも大丈夫である。
石油価格低下により大きな損害を受ける国々の中ではロシア、イラン、イラク、ベネズエラなどが注目されるが、特にベネズエラは100~120ドルが必要であると主張しているが、50%のインフレと外貨不足に悩まされ、反政府運動が吹き荒れている。
10%の石油価格の低下により世界全体では
「0.1%の経済成長が可能である」
と言われている。
12月12日の時点で60ドルを切ったから、110ドルの時代からすれば40%以上の下落であり、
「0.4%以上の景気底上げ要因」
となる。
我が国の経済にとっても安い原油やガスは利点が大きく、努めて長くこの状況が続いてもらいたいものである。
■プーチン大統領の栄光と挫折
プーチン大統領のクリミア編入以降の支持率は80%以上であり、ロシア国民の愛国心をいかに高揚させたかが推察される。
しかし、現在の80%を超える高支持率は長くは続かないであろう。
なぜなら、ロシアの二重苦は徐々にロシア国民の生活を直撃していくからである。
プーチン氏のクリミア編入とウクライナ東部への軍事侵攻に対する評価は後世の人々に任せるとして、彼の栄光の絶頂は、ロシアのクリミア編入直後に実施された3月18日の演説であるような気がする。
彼にとっては3月18日の演説は最も華々しい演説であり、多くのロシア人を熱狂させ嵐のような拍手が会場を揺るがしたと報道されている。
プーチン大統領は、帝政ロシアがかつて支配したクリミアの歴史から説き起こし、1954年にロシア共和国からウクライナに帰属を変更したフルシチョフを批判するとともに制裁を発動した欧米諸国を厳しく批判し、自らの行動を正当化したのだ。
国際的な孤立をいとわず、軍事力を背景に断固として国益を追求するプーチン氏はオバマ氏とは正反対の強いリーダーだと評価する人が多い。
佐藤親賢氏の『プーチンの思考』(岩波書店)によると、米国への敵意をむき出しにするプーチン氏であるが、彼は決して当初から米国との関係悪化を望んできたわけではなく、彼の対米批判の理由は突き詰めれば、
「自分の価値観を押し付けるな、他国の内政に干渉するな」
というところに尽きるという。
「大国ロシアの復活」を目指すプーチン氏にとって、冷戦終結以降のジョージ・W・ブッシュ元大統領に典型的に見られる、独善的に思える米国の価値観の押しつけには我慢がならなかったのであろう。
冷戦終結直後のどん底だったロシア経済を復活させたのは原油価格の上昇であった。
高い原油と天然ガスのお蔭でロシアの財政には余裕ができ、最悪の状態であったロシア軍も急激な国防費の上昇により質量ともに強化されてきた。
●図2 ロシアの国防費の推移 出典:平成26年版 防衛白書
上の図2「ロシアの国防費の推移」で明らかなように、ロシアの国防費は1910年以降、大幅に増加している。
2014年の国防費は2010年の国防費の約2倍であり、急速に国防力の強化を図ったことが分かる。
この軍事力を背景としてウクライナでの軍事作戦を展開したのである。
プーチン大統領は、2025年までに20兆ルーブル(2014年国防費の8倍)以上の予算をかけ兵器の近代化を図る計画である。
国防分野の予算のみは全省庁一律の5%以上の歳出削減の唯一の例外となっている。
驚くべきことに、経済危機の真っただ中にもかかわらず近代化計画を推進しているのである。
現在ロシアでは、新たな軍事飛行場の建設、数百機の戦闘機および新たな戦車部隊の導入が進行中である。
ロシアは、最新の原子力潜水艦を取得し、最新の長射程ミサイルの開発を実施し、海軍の新造艦艇8隻を取得しようとしている。
米国、ドイツをはじめとするNATO諸国がその国防費を増加できなくて反対に減少させようとしている状況の中でロシアの軍備増強の断固たる決意には警戒が必要である。
しかし、今回の欧米諸国による経済制裁と原油価格の急激な低下はプーチン大統領を悩ませ続けることになろう。
財政破綻の危機も予想される一方で、ロシア経済の悪化はロシア国民に耐えがたい痛みを与えることになろう。
その過程の中でプーチン氏に対する支持率は確実に低下していく。
プーチン大統領の栄光から挫折への転落が始まるであろう。
プーチン氏は、2000年から8年間にわたり大統領としてロシアを統治し、その後4年間、首相として勤務したのち、2012年に再び大統領に就任し現在に至っている。
現在のロシア憲法は、1期6年の大統領職を連続2期まで認めている。
プーチン氏は、現在の80%を超える支持率をキープできれば、
最長で2024年まで在任可能だ。
仮に2018年に再選されて4年以上務めれば、旧ソ連時代の最高指導者ブレジネフの在任期間(1964~82年)を抜いて、スターリン以降、最も在任期間が長い指導者となる。
我々は最長2024年までプーチン氏とつき合わざるを得ないのである。
長く厳しいロシアとのつき合いを覚悟しなければならないのだ。
しかし、現在の経済的な苦境をプーチン氏は克服できるのであろうか。
私にはプーチン氏の挫折が始まったように思えてならない。
■今後の注目点
孤立化し、二重苦に悩むロシアが今後いかなる行動をとるであろうか、今後の注目点についてまとめてみた。
(1):ロシアは中国との連携を進化させるであろう。
財政破綻の危機にあるロシアは、中国に助けを求め、中国との連携を深めることになろう。
ロシアは、中国との間で30年間で4000億ドルの天然ガス売買契約を締結したしたが、今後もエネルギーの買い手としての中国との関係は注視すべきであろう。
また、ロシアの優れた軍事技術がどの程度中国に流れていくかも注目される。
中国はロシア製の兵器を少数購入することにより、その技術をコピーし中国製と称する戦闘機などを開発してきた。
例えば
★.中国の戦闘機J-11はロシアのSu-27のコピーだし、
★.中国の艦載機J-15はロシアの艦載機Su-33のコピー
である。
中国は今後、戦闘機F-35を取得予定であるし、超音速対艦ミサイルSS-N-26の購入を希望していると言われている。
ロシアの高度な軍事技術が中国に利用されると、アジア太平洋地域の軍事バランスに大きな影響を与える。
ロシアにとって武器の売買は重要な外貨獲得の手段であり、どの程度中国に妥協して武器の輸出をしていくか注目される。
(2):ロシアは、この二重苦の中でも2015年の国防費を増額しようとしているが、いつまで右肩上がりの国防費の上昇が続くか注目されるところである。
特に我が国周辺では、北方四島に駐屯するロシア軍の状況がどうなるか、ロシア航空機や艦艇による我が国周辺での活動がどうなるか、中国とロシアの共同軍事演習がどうなるかが注目される。
(3):ロシアはBRICSとの連携を強化するであろう。
BRICSの中でも中国との関係は上述の通りであるが、
特にインドとの関係強化も図るであろう。
アジア太平洋地域での中国・ロシア・インドの関係緊密化が要注目である。
そして、BRICS開発銀行の創設である。南アフリカを加えたBRICS5カ国は、世界の人口の約45%を占め、中国及びロシアは国連の常任理事国であり、ロシア、中国、インドは核保有国でもあり、政治・軍事的にも世界的な影響力がある。
経済的にも、BRICS5カ国の国内総生産(GDP)合計は世界の25%程度であり、米国の20%程度、EU(欧州連合)の20%をすでに超えている。
その意味ではBRICS開発銀行の創設は必然であるとも言えるが、その動向は要注目である。
(4):上海協力機構(SCO:Shanghai Cooperation Organization)との連携を強化するであろう。
SCOは、中国とロシアの安全保障枠組みにとって最重要な組織であるが、2001年に上海で設立された。
中国は、旧ソ連との間に長大な国境線を有していたが、ソ連崩壊とともにソ連から分離独立した国々と国境線を共有することになった。
独立したばかりの国々はテロなどにより不安定な状況を抱えていた。
中国やロシアとしては不安定な国々との国境を共同管理したいという狙いもあり、中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの6カ国を正式加盟国とするSCOを発足させた。
ロシアは、SCOの利用することにより米国の秩序に挑戦することになろう。
(5):筆者が恐れるのが、原油の価格高騰を目的とする原油関連施設に対する攻撃である。
特に、サウジアラビア国内の原油関連施設に対する攻撃はインパクトが強く、原油の急激な下落を終焉させることになるかもしれない。
(6):日本とロシアの関係は、安倍晋三首相とプーチン大統領の比較的良いとされる個人的関係にもかかわらず、非常に難しいものになるであろう。
北方領土問題や天然ガスのロシアからの調達問題など、我が国は同盟国米国と調整しながらも日本の国益を実現するしたたかな外交を展開する必要があろう。
』
『
2014.12.24(水) The Economist
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42520
ロシアのルーブル危機:崖の先へ
(英エコノミスト誌 2014年12月20・27日合併号)
2015年のロシアが深刻な景気後退に陥ることは今や確実となった。
状況はさらに大きく悪化する可能性がある。
中央銀行の世界では、時間をかけ、着実で、予測可能な決定を行うことが目標だ。
そのため、真夜中に銀行関係者が会合を開き、金利を一気に6.5%も引き上げる時は、何かが大きく誤った方向に進んでいることを示唆している。
実際そうだ。
多くの人が恐れていたロシアの通貨危機が今や現実になり、ロシア政府内のムードはパニックに近い(上図参照)。
ロシア人が心配するのは当然だ。
深刻な景気後退と天井知らずのインフレという致命的な組み合わせに向かっているからだ。
■国外で始まったロシアの苦悩が・・・
ロシアの苦悩の多くは国外で始まった。
ロシアは国内の石油・ガス企業に大きく依存している。
炭化水素は連邦予算の半分余りに寄与し、輸出の3分の2を担っている。
国は多くのエネルギー企業の株を大量に保有するだけでなく、それら企業に融資する、国の支援を受けた銀行を通してこれらの企業と間接的なつながりを持っている。
原油価格はこの半年間で50%近く下落し、
12月半ばには1バレル60ドルを切った。
金融危機の安値以来最も低い水準だ。
ルーブルは原油価格を追いかけるように下落した。
ロシアがウクライナで扇動した戦争は、2番目に大きな国外問題だ。
米国と欧州連合(EU)は多くのロシア企業に金融制裁を科しており、こうした企業が国外で資金調達するのを難しくしている。
米国の政治家らは12月12日、ウクライナ軍に武器を供与することで合意し、紛争がさらにエスカレートする可能性が高まっている。
追加制裁の計画も準備が進んでいる。
だが、危機は今、全面的な広がりを見せるようになった。
12月15日、ブレント原油にはほとんど動きがなかった――1%下落した――が、ルーブルは急落し、ドルに対して10%下落した。
これは1998年に起きた前回のルーブル危機以来最悪の落ち込みだ。
ロシア中央銀行は、ルーブルを買い支えるために20億ドルを使って介入したと考えられている。
介入は奏功せず、真夜中の利上げもうまくいかなかった。
ルーブルは12月16日、さらに11%下落した。
■頼りにされていた資源大手の財務問題
●モスクワにあるロシア政府系天然ガス独占企業ガスプロム本社〔AFPBB News〕
何がこのような危機の加速をもたらしたのかは不可解だ。
1つ考えられる原因は、ガスプロムやロスネフチといった国の支配下にある巨大エネルギー企業の財務状況だ。
楽観的な向きはこうした企業のことを、信頼できるドルの資金源と見なしていた。
だが、一例を挙げると、ロスネフチは、返済あるいは償還する必要のある多額の対外債務も抱えている。
同社は12月12日、その日の国債利回りより低い利率で110億ドル相当のルーブル建て債券を発行。
中央銀行が即座に、この債券を融資の担保として受け入れると述べた。
これを政府債務と企業の債務の混同という憂慮すべき動きと見る向きもある。
およそ1150億ドルのドル建て債務が2015年末までに満期を迎える。
パニックは他の資産にも広がった。
ロシア政府は約110億ドル相当のルーブル建て債務と600億ドルのドル建て債務を抱えている。
これら債券の利回りはそれぞれ15%と8%に上昇し、ギリシャより高くなっている。
ロシアに対するエクスポージャー(投融資残高)がある企業――フランスやオーストリアの銀行を含む――の株価も下がっている。
■膨らみかねないドル建て債務
ドル建て債務の問題は今後さらに悪化する。
スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)やフィッチなどの格付け機関はすでにロシアについて悲観的だった。
2015年の国内総生産(GDP)が4.5%減少すると中央銀行が予想していることから、格下げは間違いない。
債券がジャンク債に分類されれば、ロシアの投資家層は縮小するだろう。
債務の金額も急増するかもしれない。
国とロシア企業との線引きが曖昧なことは、ロシア政府が結局、銀行その他の企業が抱える対外債務6140億ドルの多くの責任を負わされるかもしれないということを意味している。
公式発表では3700億ドルに上るロシア政府の外貨準備による下支えが信頼を失っているのも無理はない。
金利上昇や外貨準備の売却に効果がないことが分かった以上、ロシアはルーブル急落を食い止めるために他の選択肢を必要としている。
1つは、ドル需要を減らすことを期待して償還を控えた債券を繰り延べてもらえるよう交渉することだ、とスタンダードバンクのティム・アッシュ氏は言う。
中央銀行と財務省が反対しているもう少し強引な方法は、資本規制だ。
クレムリンが、ルーブルをハードカレンシーに換え、それを国外に持ち出す市民の力を制限するわけだ。
■資本規制の可能性は?
プーチン氏はマレーシアからインスピレーションを得るかもしれない。
マレーシアは東アジアの金融危機のピーク時の1998年9月に為替レートを固定化し、金利を引き下げることでリンギットの投機を封じ込めた。
さらに、居住者が海外に持ち出せる通貨の量に上限を設定し、外国人にリンギット資産の売却から得た利益を国内に滞留させることを強いた。
だが、ロシア経済の状態は当時のマレーシア経済より悪く、
順法精神の乏しいロシアの金融システムは漏れを起こしやすいことが判明するだろう。
たとえロシアが資本規制を課したとしても、2015年は厳しい年になるだろう。
インフレ率は、12月半ばの混乱の前に9.1%だった。
今は、徐々に進行する物価上昇がもっと不穏な動きに取って代わられている。
ロシアの商店主たちは毎日のように商品の値段を付け替え始めている。
2週間足らず前は、52ルーブルで1ドルが買えた。
それが12月16日には、70~80ルーブル必要だった。
ドルの収入を守ろうとする店は、ルーブル安を埋め合わせるために50%値上げする必要がある。
ロシアの労働者の給料は、実質ベースで大きく目減りするだろう。
■ルーブルに対する信頼を失うロシア市民
これでロシア人が自国通貨への信頼を失っている理由に説明がつく。
モスクワの路上では、話題は危機で持ち切りだ。
国営銀行は、売却するドルとユーロの金額に上限を設定している。
モスクワ中心部にあるスベルバンクのある支店は、2000ドルしか売らない。
やはり国営銀行のVTBは、3000ドルの売却を約束しているが、「明日早く来て、あなたが幸運であれば」という条件付きだ。
たとえドル需要が落ち着いたとしても(あるいはドルの使用が禁止されたとしても)、ロシアの銀行はとてつもなく大きな問題に直面する。
縮小する経済、インフレ調整後の所得の減少、大幅な利上げは、デフォルト(債務不履行)が増加する運命にあることを意味している。
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英エコノミスト誌の記事は、JBプレスがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。
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