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JB Press 2014.12.26(金) 森 清勇
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42549
小惑星探査機「はやぶさ2」を実現させた防衛技術
バーゲニング・パワーとして国益に資す重要性を忘れてはならない
平成26(2014)年12月3日、国民の期待を担った小惑星探査機「はやぶさ2」が打ち上げられ、6年間の旅に飛び立った。
●小惑星に着陸する「はやぶさ2」想像図、JAXAが公開
「はやぶさ2」の使命を握ると言われるのが、小惑星に爆薬でクレーターを作る「インパクタ」である。
この技術は戦車のような硬いものを貫徹するための対戦車榴弾に使用されている技術の応用である。
爆発で得たエネルギーを漏斗状の器で収束させるもので、モンロー効果と呼ばれる原理の応用である。
防衛技術がインパクタの実現を可能にしたように、近年は兵器などの先進防衛技術が民用に、また装備品の価格低減のために民間技術の軍事利用が盛んになっている。
■兵器を造れなかった防衛企業
敗戦後は軍隊が廃止され、当然のことながら戦車や戦闘機などは不必要となり、製造も許されなかった。
大東亜戦争で赫々たる戦果を挙げ、世界に誇ったゼロ戦(零式艦上戦闘機)の技術を有しながら、戦後の日本は米国の産業政策によって民間使用の航空機さえ造ることが許されなかった。
軍隊を有しない日本においては、兵器は存在し得ない。
しかし、戦前に兵器を製造してきた防衛関連企業は、“いつの日か”を夢見つつ、鍋や釜を作って辛抱しながら捲土重来を期していた。
戦後10年過ぎた頃から防衛産業が始動し始め、1956年に護衛艦が、61年には戦車が、そしてゼロ戦の設計者たちが携わって戦闘機ではないが輸送機「YS-11」が64年にデビューした。
その後も陸上自衛隊(以下陸自、ほかも同様)と海自の主要装備品は国産が続く。空自も独自の戦闘機開発を模索するが、日米貿易摩擦などから政治的問題となり、米国製「F-16」戦闘機をベースにした「F-2」を日米共同で開発するしかなかった。
●国産初のジェット旅客機「MRJ」(2014年10月、三菱重工業小牧南工場で)〔AFPBB News〕
戦後も半世紀を過ぎた21世紀に入って純国産機の開発の動きが活発になり、画期的な技術を結集した民間のジェット輸送機「MRJ」、ならびに空自運用の「P-2」偵察および「C-2」輸送機が間もなく日の目を見ようとしている。
これまでは武器輸出三原則から需要は防衛省のみであり、また企業努力だけでは解決できない防衛予算の縛りによって生産が制限されてきた。
特に防衛予算の削減や戦略・戦術の変遷は企業の存続をもしばしば翻弄してきた。
また、防衛予算の削減が続いた平成10年代には、「国家の安全に貢献」の社是を下ろそうと何度思ったか、と苦しかった胸の内を語る企業も多い。
外目には見えなかったが、会社は創業時代の「国防に貢献」の社是と社員の雇用・存続の間で呻吟し続けていたのだ。
桜林美佐氏は『誰も語らなかった防衛産業』で、
「多くの防衛産業の人たちは『儲かるか』『儲からないか』という次元ではなく、『国を守れるか守れないのか』という視点で、日々研究開発に努めているというのが取材を通して得た私の印象だ」
と書いている。
■民間企業依存の日本
戦前に存在した工廠をはじめ、諸外国の軍需産業は国営、あるいは半官半民の企業として存在することが多い。
しかし、戦後の日本では軍隊が存在しない。
また、国を守ることが国民の義務になっていないこともあって、「自分の国は自分で守る」という教育も行われてこなかった。
それどころか、国際情勢に背を向けて、憲法9条が日本の平和を守ってきたという公党や日本は悪いことばかりしてきたとする自虐史観の教育、そして「平和」の名のもとに欺瞞に満ちた報道をして恥じない主要マスコミの影響で、戦争になったら白旗を上げる、あるいは逃げるという若者も多く、自衛隊の存在を悪とみなす風潮が長く続いた。
PKO(平和維持活動)や大規模災害の頻発で自衛隊の活躍が報道されるようになった近年、ようやく国の安全と国民の生命を守る自衛隊という理解が高まってきた。
こうした自衛隊を兵器・装備面で支えてきたのが防衛産業であり、それに関わる企業である。苦しかった胸の内は想像に難くない。
★.軍需産業では国家の計画で需要と供給が確定する関係から、多くの国では基本的に官有官営(Government Occupy Government Operate、略してGOGO方式)が多い。
★.ところが、日本では民間企業に全面的に依存する民有民営(Company Occupy Company Operate、略してCOCO方式)である。
このため、設備投資や生産管理で問題が発生することがある。
対戦車ヘリコプター・アパッチの調達はその一例である。
防衛省は平成13(2001)年に「アパッチ・ロングボウAH-64D」を62機調達することにし、富士重工業がライセンス料をボーイング社に払い、多大の設備投資をして製造することになった。
富士重工はライセンス料と設備投資を納入ヘリの単価に分散上乗せして回収することにした。
しかし、単価の値上がりや防衛予算の削減から、防衛省は平成20(2008)年度以降の取得を取りやめ、10機で打ち切ってしまった。
このため、企業側は大きな損失を被ることになり、告訴に発展したわけである。
■防衛技術はバーゲニング・パワーである
自衛隊の兵器などが使用される環境は、温度管理された室内での通信機や舗装された道路を走る車などとは全く状況を異にする。
極寒・極暑や砂塵などに耐え、また過酷な使用条件下でも機能する兵器などの研究・開発には10年以上を要し、装備された兵器は10年~20年にわたって運用され、さらに改善されて使用されることも多い。
構想研究から開発、試験、装備、改修、破棄を兵器のライフ・サイクルというが、
主要兵器や装備品ではライフ・サイクルが40~50年に及ぶものも少なくない。
兵器や装備品の重要なパーツなどを外国に依存している場合、故障などが発生し、生産国に要求しても、必要な時期に必要数を入手できるとは限らず、最悪は生産打ち切りで補給品なしの状況さえ生じてしまう。
朝鮮戦争時や湾岸戦争時など、補給品は韓国軍や米軍へ優先的に出荷されるので、日本への補給は期待できなかった。
その後も、しばしば世界情勢に左右されてきた。
特にミサイル用レーダーは高稼働が義務づけられているが、米軍が世界的に展開し、さらには多くの国が配備していることもあり、高稼働率維持にはかなりの困難が伴う。
この点、国産の場合はそうした心配は軽減されるメリットがある。
また、巷間、
★.戦車には1300社の下請け企業(ベンダー)が関係し、
★.護衛艦には2500社、
★.戦闘機には1200社
が関係していると言われる。
高度技術を集積している兵器などのすそ野は想像以上に大きい。
インターネットやGPSが軍事通信や巡航ミサイルのマッピング・システムの応用であるように、砲弾技術は宇宙開発に役立ち、大砲技術が原子炉製造に貢献し、戦車の高命中技術がバスのニーリング(車高昇降システム)に応用されるなど、軍事技術の民生転用が進んでいる。
同時に、兵器の高価格化から一国での開発は困難になり、多国間での共同開発は必須の要請になっている。
その場合、優れた技術はバーゲニング・パワーとして機能し、国益に資することになる。
■おわりに
インパクタは防衛技術が民生利用される一例に過ぎない。
逆に民生用に開発されたIC技術が軍事利用されることも多くなっている。
日本は国際協調主義の観点から諸外国や国内機関との技術協力を進めるために、従来の武器輸出三原則に代って、新たに防衛装備移転三原則を策定した。
このため、軍事利用と共に民生利用も可能なデュアル・ユース技術の開発に注力する方針を掲げている。
民生用に開発された通信電子技術やコンピューター技術が、軍事的には指揮通信などで多用され、通信電子技術を主体にする戦い(指揮通信、コンピューター、ウイルスなどに関連する情報網が中心になるという意味でNetwork Centric Warとも呼ばれる)が戦況を支配すると想定されており、デュアル・ユース技術の重要性は一段と高まっている。
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毎日新聞 2015年1月29日(木)
http://mainichi.jp/feature/news/20150129mog00m040001000c.html
はやぶさ2:JAXAの飛行状況説明会 一問一答 全文
昨年12月に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ2」について、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が28日、はやぶさ2の初期機能の確認結果や現在の飛行状況について報道関係者向けに説明会を開いた。
出席者は国中均プロジェクトマネジャーと吉川真ミッションマネジャー。
説明の概要と主な一問一答は以下の通り。【永山悦子】=文中敬称略
◇非常に順調に推移、万全な状態
はやぶさ2の分離後は2日間のクリティカル運用(打ち上げ直後の重要な機能確認)になり、それがスムーズに実行でき、すぐさま終了を宣言した。
引き続き初期運用(さまざまな重要機器のチェックをする期間)として、搭載されている機器に順番にスイッチを入れて、機能と性能を確認する作業を現在実施している。
現在のところ非常に順調に推移している。
初期運用は3カ月ということで、現在約2カ月がたったところだが、大変順調に各機器の初期性能チェックが行われている。
残り1カ月ほどかかるが、より高度な協調運転のデータを取り、試験運転にかかる計画だ。
現在、探査機の状態は大変万全な状態。
今後は、3月をめどに小惑星を目指した巡航運転フェーズに入りたい。
イオンエンジンを噴射して軌道変換をして、今年12月ごろに地球スイングバイを計画している。
スイングバイでさらに加速し、小惑星へ向かう軌道に乗り換えて、2018年到着を目指している。
小惑星に着いた後、1年半かけてリモートセンシング、着陸点の決定、着陸、さらに衝突装置をぶつけてクレーター(くぼ地)を作る、そしてそこに着陸するという、大変高度なオペレーションを計画している。
「はやぶさ」より高度なオペレーションを実施することで、より戦略的、計画的に小惑星の観測、試料採取をしたいと思っていて、1年半という短い間にこれだけ難しいミッションをしなければならないので、ここに向けて観測順やデータ処理などの段取りを決める相談、計画、必要なソフトウエアの開発に着手する。
これまでは探査機を作るのに全力を投入してきたが、これ以降は小惑星観測に向けた作り込みをしていきたい。
カプセルはオーストラリアへの帰還を目指すが、オーストラリア政府とのさまざまな交渉もある。
それに向けての準備作業も必要になる。またカプセルが帰ってきて、持ってきた物質を受け入れる施設の充足、分析するための取り組みも現在仕込みにかかっている。
◇24時間連続運転も成功
昨年12月末(23〜26日)にイオンエンジンの試験運転を1台ずつ実施した。
正常に機能すること、正常な推力が発生することをデータから確認し、健全性を確認した。
Ka帯の通信機(平面アンテナ)を使ってのデータ受送信(ダウンリンク)を確立した。
これは日本の探査機としては初めて、深宇宙におけるKa帯通信を実証したことになる。
日本国内には深宇宙向けのKa帯の受信アンテナがなく、米航空宇宙局(NASA)の協力を得て作業を進めた。
これができると、周波数に比例して伝送量を増やせる。
はやぶさはX帯という通信アンテナで8ギガヘルツの伝送量だったが、今回のKaは32ギガヘルツなので、4倍の伝送量を確保できる。
その技術を手中に収めることができた。
Ka帯通信が確立したことで、予定よりも太いパイプラインでデータを地上に下ろすことができるようになったのは確実で、朗報と受け止めていただければと思う。
次に、1月半ばからイオンエンジン(A、B、C、D)の複数台運転、長時間運転を実施した。
巡航運転に向けて、探査機が自動でイオンエンジンを使いこなして加速を続けることを目指した。複数台のエンジンの組み合わせで、エンジンを自動に使いこなして、地上からの監視なしに探査機が自分で考え、危険であればエンジンを止めることも含めて、自動運転の作業をした。
19日から20日にかけては24時間連続で2台のエンジンを監視なしで自動運転することに成功した。
さらにACDの連続運転では、約28ミリニュートンという、1台10ミリニュートンの目標をほぼ満足できる推力を発生させることも確認できた。
エンジンは4台あるが、2015年の間は2台運転できれば地球スイングバイが可能。
当面は2台運転で十分なので、現在はADで24時間運転をしている。
Bは他のエンジンに比べて性能が良いのだがバックアップに回し、ACDを使い回して当面の軌道変換を実施していきたいと考えている。
イオンエンジン連続運転では、地上からの監視がなくても、何かあった場合、探査機が自動で止まる機能、重心を外れて傾くとリアクションホイールで補正しながら姿勢を正して運転する機能、推力の方向を微妙に調整してリアクションホイールの回転数が変動しないように運転する機能などすべてを調整し、24時間連続運転に挑戦した。
1月19日夜に臼田局でイオンエンジンの加速を開始した。
深夜に臼田の可視がなくなり、NASAの追跡で5〜6時間監視した後はどこの監視もなく、その後、20日午後7時ごろに24時間に達し、計画的に停止させて成功した。
はやぶさ2はいま、地球の少し後方にいて、地球からの距離は約2200万キロ。
光の速度で往復145秒かかる。
地球から指令を送って、はやぶさ2から返事が地球に届くまでに145秒、2分半ほどかかる。
◇はやぶさの経験生かした
−−小惑星への軌道に乗るのは12月?
国中 現在は地球スイングバイを実施するための軌道にいる。
12月から具体的に小惑星へ向かう軌道に乗るが、打ち上げから3年半かけて小惑星へ向かうという形になる。
−−はやぶさの時、イオンエンジンでいろいろトラブルがあったと思うが、それと比較して現状はどういう意味があるか。
国中: はやぶさの時は4台のイオンエンジン(A、B、C、D)のうち、初期段階でAがあまり良い状態ではないことが分かった。
そこで、残りのBCDで小惑星へ向かうことにした。
もともと3台使い切れば小惑星間往復ができる設定だったが、当初から1台が十分でなかったのは、大変危ない状態だったと思う。
今回は、4台とも健全な状態で軌道投入することを最大の目標に開発してきた。
イオンエンジンは湿気、真空度やガスが完全でないと良いオペレーションができない。
衛星を打ち上げた直後は衛星自らがガスを出す。
温度が上がると揮発性のものがもっと出てくる。
はやぶさの時、イオンエンジンが一つ落ちてしまったが、「ベーキング」といって、宇宙へ行った直後にガスを積極的に出すという作業について十分な知見がなく、1台の機能が出なかった。(今回は)イオンエンジン運転前にベーキング作業をした。
それが12月19〜22日。
その後に、イオンエンジンの試験に入った。
特に、イオンエンジンが設置されているXパネルの近傍をヒーターで50度に温め、姿勢を傾けて太陽光を入れて当てる、そしてプラズマだけをつけて温めるという方法でベーキングした。
そういった工夫でエンジンの試験に移った。
はやぶさの経験が非常に良く生きて、はやぶさ2では万全にエンジン4台を健全なまま初期の軌道変換に使えるようにできたと思う。
往復運転には3台が必須だが、予備機を加えた4台で軌道に投入できたことは、機材としては十分余裕を持って乗り出せたと評価している。
−−そのことについての感想は。
国中: 「やったな」と思っている。
−−はやぶさ2に向けての改良で「成果があった」と思うのは。
国中: はやぶさではイオンエンジンが多くの不具合を起こしたということもあり、技術者として完成したものを提供したいと考えていた。
寿命もさることながら、推力も増強させることを目指した。
はやぶさの7ミリニュートンから、今回は10ミリニュートンに増強した。
やっと高性能なものが宇宙で実現できたと自負している。
−−アウトリーチ(情報発信)はどのように展開するか。
国中: これまで打ち上げ、初期運用に注力して、アウトリーチについての努力が足りないということだと思うが、今後は労力、資力を展開していきたい。
スイングバイに向けて、皆さまに関心を高めていただくため、いくつかの企画を計画している。
吉川: なるべく多くの人にはやぶさ2を知っていただき、一般的な太陽系科学や技術に関心を持っていただきたいと思っている。
このため、はやぶさの経験を生かし、はやぶさ2の中にアウトリーチチームを今作っている。
広い範囲のメンバーで構成し、内部的にも議論しながらどんどん情報を発信してミッションを知ってもらおうと思っている。
◇小惑星の名称は「苦慮」
−−1999JU3(小惑星)の名称は。
国中: その質問はナーバスな質問で答えにくいのだが、はやぶさが大変良い名前、「イトカワ」と付けてしまったので、はやぶさ2では正直苦慮している。
どんな名前をつけたらいいか、どういった方法で決めるのがいいか、各方面と相談しているところ。
なるべく早く皆さまの期待に応えるような処置をしてお知らせしたいと思っている。
名前を付けないとか、行き先が変わるということはないので、もうしばらく待っていただければ。
−−はやぶさの時はイオンエンジン4台、
それぞれくせがあったと思うが、今回は。
国中: かなり粒のそろったものを作ることができた。
機材の作り込み、部品もかなり国産度を高め、自前で部品が調達できるようにしたこともある。
エンジンだけではなく、(燃料の)ガスの供給装置も、はやぶさよりかなりきめ細かく流量を制御できるような運用をしてきた。
ガスの流量が変動すると推力も変わってしまうが、今回は大変首尾良くできているので、推力も安定している。
−−「巡航運転」とは具体的にどんなことか。
国中: 英語で「クルージングフェーズ」。
具体的には、計画を立てて、計画通りにイオンエンジンを噴射して、必要な軌道変換ができたかどうかをチェックし、さらにそれまでのノルマの達成状況を見て、次の軌道計画を立て、それをノミナル(期待通り)の軌道計画に近付けていく作業を繰り返していく。
−−観測機器の健全性のチェックはどのように進めるのか。
国中: 現状は、通電をして消費電力等が順調ということをチェックできた程度。
カメラ類については、地球のそばで月の写真を撮って、正常ということを小規模だが実施している。
また、非常に冷たい温度でないと機能しない機器がある。
打ち上げ直後は衛星はたくさんのガスを含んでいて、そのガスが出きらないうちに観測装置を冷やすと、そこにガスが凍り付いてしまう。
そこで、段取りを踏むことが必要。
低温状態を保たないと性能が出ない機器は、まだ十分な試験ができる段階ではない。
自由気ままに姿勢を変えることもできないので、見たい星が観測装置の前面に来たときに観測することも考えている。
時期とタイミングを見計らいながら、機能性能確認をしていく。
巡航運転の道すがら、行っていく予定。
−−はやぶさではイオンエンジンが止まってしまい、
苦肉のクロス運転(別のエンジンの部品・装置をつなぐ)をしたが、はやぶさ2でもその回路が埋め込まれているのか。
国中: 当然ながら、はやぶさの機能はすべて取り込んでいて、そういった段取りもしている。
しかし、今回はそういった機能は使わないで帰ってくると皆さんにお知らせしたい。
◇運用支える陣容を育てたい
−−小さなものでもトラブル、不具合はなかったのか。
国中: 難しいですね。
あまり思い当たらない。
今のところ、深夜の運用で人の手配が大変だなと思っている。
探査機は単独で動いているわけではなく、地球の設備、ネットワーク、それを動かす人の技量で動いている。
特に私が心配しているのは、小惑星の探査には1年半しかなく、NASA(DSN)のサポートも受けながら24時間連続でたくさんのデータをとって分析しなければならない。
そういう意味では、8時間3交代で1年半、やり切らないといけない。
それに足る実力を持つスタッフをそろえなければならない。
たくさんの人で探査機を支え、データを分析して着陸点を決めなければならない。
たくさんのサイエンティストを動員しないと成り立たない。
どう人を育て、人を準備して3年半後(の小惑星到着時)に投入できるような陣容を作り上げられるかということが最大の心配。
JAXAはもとより大学、研究機関の方々にご協力いただいて、万全な体制で、他の国に負けないような探査をしたい。
−−ハード面については思いつかないくらい順調ということ?
国中: はい。
−−今後、太陽光圧影響評価はどのようなことをするのか。
初号機では、姿勢制御のスラスターが使えなくなって苦肉の策で使った方法だが(太陽光を使って姿勢制御をした)。
国中: 探査機に加わる力を分析する必要がある。
まず太陽の重力、天体の重力。
次はイオンエンジンの動力。
次が太陽輻射(ふくしゃ)圧(太陽光によって発生する圧力)。
非常に微量だが、宇宙では3番目に大きな力になる。
探査機を傾けるなどして、いろいろな方向から光を当てて測る。
これは非常に時間がかかる。
姿勢制御系が不十分になったはやぶさの例だけではなく、精密な軌道決定のためには太陽輻射圧の計測が必須であり、時間をかけて計測することになる。
もう一つ、リアクションホイール(姿勢制御装置)は、はやぶさよりも1台増やして4台搭載しているが、今回はXYに1台ずつ、Zに2台という、通常とは異なる置き方をしている。
はやぶさでZ軸のものが生き残り、なんとか地球に帰ってこられたという知見があったからだ。
そこでZのうち1台は温存したい。
難しい時以外はXYは休ませ、Zの1台で姿勢を保つ、その代わり太陽光を積極的に利用した姿勢制御をしていきたいと思っている。
−−太陽光圧の利用は非常時ではなく積極的に使うということか。
国中: はい。
−−次の山場は地球スイングバイか。
国中: 精密に地球近傍まで誘導しなければならない。
これにはイオンエンジンとガスジェット系も使うかもしれない。
さらに、精密な軌道決定も必要。
DDORという方法での軌道決定も折り込み、探査機をスイングバイポイントまで誘導することも難しい。(スイングバイまでの作業も)醍醐味(だいごみ)というか山場になると思う。
はやぶさ2は、より計画的、戦略的に安全な航海ができるような探査機として作り込んだ。
2カ月弱で初期運用がうまくいっていると報告できるのは、はやぶさより大きな進歩だと思う。
2003年5月に打ち上げたはやぶさが、ようやく運転できるようになったのは8月になってからだったと思う。
非常に計画的にものごとが進んでいる証拠だ。
−−スイングバイまでのイオンエンジンの稼働時間は。
国中: 計画通りなら2カ月くらいの運用になるかと思う。
−−打ち上げ時の会見で「今は笑える状況ではない」と言っていたが、現在は。
国中: 小惑星に向けた航海に耐える探査機を投入できたと報告できた。
やっと航海が始まったので、ハードウエアも地上系も、運用するスタッフも準備が整ったといえる。
そういう意味では、今日はちょっと笑わないといけないかな、と思う。
とにかくお知らせしたいのは、今まさに宇宙航海が始まったところ。
ぜひ今後も応援いただきたい。
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WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2014年12月26日(Fri) 小泉悠 (財団法人未来工学研究所客員研究員)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4586
ロシアが新世代打ち上げロケットの発射試験に成功
宇宙戦力建て直しとなるか
12月23日、ロシア航空宇宙防衛部隊(VVKO)は、アルハンゲリスク州にあるプレセツク宇宙基地から「アンガラ-A5ロケット」を打ち上げた。
これについて国営ノーヴォスチ通信(12月23日付)は、オスタペンコ連邦宇宙庁長官の誇らしげな発言を次のように伝えた。
「重量級ロケット打ち上げ機アンガラ-A5の初の打ち上げ試験プログラムは成功裏に実施され、ダミー衛星は予定の軌道に投入された。
この成功は、新型ロケットの間断ない計画作業と開発作業に携わった多くの人々の努力の成果である。
彼らの力により、ロシアは改めて先進宇宙大国としての地位を確固たるものとすることができた」
アンガラは1990年代から開発が続いていたロシアの新世代主力打ち上げロケットである。
★.燃料タンクとエンジンから成る標準モジュール(URM)を組み合わせ、
小型から大型まで様々なサイズへのバリエーション展開が可能という特徴を持つ。
このため、現在のロシアが衛星打ち上げに使用しているロケットのうち、
ソユーズ系を除く多くのロケット(プロトン-Mやゼニット-3、ロコットなど)を一挙にリプレースすることが可能だ。
その最初の試験発射は今年7月に実施されたばかり。
今回の打ち上げは通算第2回目で、A5型としては初めての発射試験であった。
■プーチン大統領も成功を高く評価
モスクワ時間午前8時57分に発射台を離れたアンガラ-A5は、全ステージのエンジンが正常に作動し、12分後には衛星(ただし、今回の打ち上げでは重量2tのダミーを搭載していた)を最終的な軌道に乗せるための上段ブロック、ブリーズ-Mへとミッションを引き継いだ。
ブリーズ-Mも順調に動作し、最終的に3万5800kmの地球静止軌道にダミー衛星を投入することに成功している。
この発射試験の模様はビデオ会議でプーチン大統領も参観した。
ショイグ国防相から発射成功の報告を受けたプーチン大統領は、
「私から皆さんに発射成功のお祝いを申し上げる。
本日、重量級打ち上げロケット、アンガラ-Aの発射試験が計画通りに実施され、成功した。我が国のロケット・宇宙分野にとって、なかんづくロシアにとって、これは大きな、非常に重要な出来事である」
と発言。
さらに、アンガラには最新の技術が用いられ、それによって既存及び将来型の軍用・商用・科学衛星をあらゆる軌道に投入することができると述べた上で、次のように続けた。
●宇宙開発に力を入れるロシア(写真:Alexei Nikolsky/RIA Novosti/AP/アフロ)
「これには、弾道ミサイル警戒衛星、偵察衛星、航法衛星、通信及び中継衛星が含まれる。
これにより、我々はロシアの安全保障を大きく強化する。
(中略)技術者、設計者、試験担当者、軍の皆さんの働きに感謝申し上げる。
皆さんは、自らに課せられた全責任を負い、その任務の達成へと一歩近づいた。
皆さんの成功は、宇宙開発の分野における名だたる大国の一角をロシアが占めていることを示したものである」
アンガラ打ち上げ成功を高く評価したのはプーチン大統領だけではない。
かつて国防大臣を務めたこともあるイワノフ大統領府長官も、
「今日、ロシアはただアンガラを手に入れたのではない。
事実上、あらゆる軌道にペイロード(貨物)を投入する能力を手に入れたのだ」
と述べて、その意義を強調した。
■自律的宇宙アクセス能力の回復
ロシア政府首脳部が口をそろえるように、今回のアンガラ-A5打ち上げ成功の意義は極めて大きく、しかも多岐にわたる。
まず指摘したいのは、7月の第1回発射試験で打ち上げられたのは、アンガラ・シリーズで最も小型のアンガラ1.2であったが、
今回打ち上げられたアンガラ-A5はURMを5本も束ねた重量級バージョンだった点である。
アンガラ-A5は、地球低軌道に対して最大24.5tのペイロードを投入できるほか、静止軌道に対しても人工衛星を打ち上げる能力を持つ。
現在、静止軌道への打ち上げ能力を有するロシア製ロケットはプロトン-Mだけだが、アンガラ-A5はこれを代替することが可能だ。
プロトン-Mはすでに性能面で旧式化しつつある上、コンポーネントの一部にウクライナ製部品を使用しており、さらにカザフスタンのバイコヌール宇宙基地からしか打ち上げられない。
つまり、完全に独立した宇宙アクセス手段とは言えない。
実際、プロトン-Mは有害なヒドラジン系燃料を使用することから、カザフスタン政府から打ち上げ回数の削減を求められるなどのトラブルが発生している上、ウクライナ危機で部品供給が滞る可能性もある。
これに対してアンガラ・シリーズは「ウクライナに1コペイカも渡すな」を合言葉に開発されただけあって、コンポーネント単位まで完全国産とされている。
さらに、軍のプレセツク宇宙基地や、極東のアムール州に建設中の新宇宙基地「ヴォストーチュヌィ」からも打ち上げが可能であるため、ロケット本体についても、宇宙基地についても、外国に依存する必要が一切なくなる。
これまでも地球低軌道への打ち上げならば国産のソユーズで賄うことができていたが、アンガラの実用化により、ロシアは静止軌道も含めた完全に自律的な宇宙アクセスを回復できるメドを立てられるようになった。
さらにプロトンで問題になった燃料についても、アンガラではケロシン系燃料を使用するようになっており、環境負荷は大幅に低下した。
7月のアンガラ1.2打ち上げと比べた場合の重要性として、もう一点指摘したいのは、「打ち上げロケット」としての完全な飛行試験は今回が初めてであったということだ。
実は7月の際には、今回と同じようにプレセツクから打ちあげたものの、軌道には乗らずにカムチャッカ半島のクラ射爆場に落下していた。
これはロシア軍が長距離弾道ミサイルの発射試験を行う際の標準的な飛行コースで、「ロケット」というより「ミサイル」に近い運用であったと言える。理由ははっきりしないが、まずは飛ばしてエンジンの動作その他の実地に検証してみるという段階だったのだろう。
これに対して今回打ち上げられたアンガラ-A5が静止軌道にまでペイロードを投入したことは前述の通りで、晴れて「ロケット」としての能力を実証したことになる。しかも
今後はダミーでなく実用衛星を打ち上げるなど実績を重ね、2020年ごろまでにはプロトン-Mを代替する主力打ち上げ手段へと発展していく計画だ。
■開発にはロシア軍が深く関与
ところでアンガラ-A5が軍の航空宇宙防衛部隊によって打ち上げられ、
その成功がショイグ国防相からプーチン大統領へと報告されたことからも明らかなとおり、アンガラの開発にはロシア軍が深く関与している(さらに言えばプレ
セツク宇宙基地もれっきとした軍事基地であり、大陸間弾道ミサイルの発射試験にも用いられる)。
ロシア国防省は、ロシア連邦宇宙庁(ロスコスモス)とともに宇宙計画の実施責任官庁に指定されており、アンガラも国防省が主契約社であるフルニチェフ社に発注して開発させたものである。
つまり、アンガラも立派な軍の装備品、もっと直截に言えば「兵器」なのだ。
したがって、プーチン大統領の発言にある通り、アンガラは各種軍事衛星の打ち上げミッションにも使用されることになろう。
かつて宇宙でも軍事大国の地位を誇ったソ連だが、
現在のロシアには、光学偵察衛星は1基しかなく、
核抑止を支える弾道ミサイル警戒衛星もほとんど機能停止中(生きている衛星も第一世代の旧式機であり、米国の新世代ミサイル警戒衛星には性能面で遠く及ばない)など、実態は非常に厳しい。
それでも2000年代以降、米国のGPSに相当するGLONASS航法衛星システムの打ち上げを進め、ほぼ実運用段階に至っているほか、今後は新世代の偵察衛星やミサイル警戒衛星についても打ち上げが始まるなど、進展も見られるようになってきた。
アンガラはこうしたロシアの宇宙戦力建て直しの屋台骨となろう。
さらに、アンガラ-A5の打ち上げに先立つ12月19日、定例の国防省拡大幹部会議に出席したプーチン大統領は、
空軍と航空宇宙防衛部隊を2016年までに合併し、「航空宇宙軍」へと再編
する方針を明らかにした。
現代の軍事作戦は大気圏内のみならず、人工衛星を利用した偵察・通信・航法等の情報活動、弾道ミサイル迎撃など、宇宙空間にまで広がりを見せている。
今後は対衛星攻撃能力の獲得など、宇宙空間での軍事活動がさらに拡大することも考えられるため、大気圏と宇宙空間での作戦を一体的に統括する組織の必要性は以前から指摘されてきたが、今回は具体的な期限を区切って国家のトップが認めた形だ。
実は航空宇宙防衛部隊も、旧宇宙部隊(軍事衛星の打ち上げ・運用、弾道ミサイル警戒システムなどを担当)と空軍の重要拠点防衛部隊とを合併して2012年に設立されたもの。「航空宇宙軍」が設立されれば、旧宇宙部隊と空軍とが完全に一体化することになる。
この意味でも、今回のアンガラ-A5打ち上げ成功が持つ意味は大きい。
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