●2013年の兵士入隊募集のサイト 勇ましい宣伝文句が並ぶ
『
WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2014年09月18日(Thu) 弓野正宏 (早稲田大学現代中国研究所招聘研究員)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4207
徴兵を巡るワイロ蔓延に中国軍当局が緊急通達
賄賂率が9割という所も 地方軍幹部の徴兵ビジネス
9月は中国では新学期が始まる時期だ。各地の大学では新入生に対して軍事教練が実施されているが、軍でも新兵の入隊があり、各地でリクルートから兵士の入隊まで一連の動きが大きくメディア報道を賑わせている。
そうした中で徴兵を巡る汚職が報道されている。
中国軍では現在、汚職取締りが大々的に展開されているがそれは「虎退治、ハエ叩き」という高官に対するものだけではない。
政府全体で展開される大規模な反腐敗と歩調を合わせ、各レベル、地方部隊でも軍指導部から監督監視グループが派遣されて捜査が展開されている。
■自分の子供が兵役に就けるように
このようなプロセスで新学期の今、クローズアップされているのが徴兵時の贈収賄だ。
中国社会は「コネ社会」であり、同郷、血縁、友人関係が重要な役割を果たすが、同時に権力を持たない者が権力を持つ者に取り入って便宜を図ってもらうための贈賄が蔓延している。
徴兵時の贈収賄はまさにこうした「職業あっせん」のために学校を卒業する若者の親が地元軍幹部に自分の子供が兵役に就けるよう依頼することから広まったものである。
中国軍の汚職の実態についてこれまで、高官が土地取引や官職売買で財を成す例として徐才厚元中央軍事委員会副主席や谷俊山総後勤部副部長のケースを紹介してきた(2月13日記事、7月29日記事)。
そして汚職に限定したものではないが、退役軍人が自分の劣悪な境遇改善を求めて行う異議申し立ての頻発が軍や地方政府にとって頭痛の種になっている事を紹介した(8月12日記事)。
今回紹介するのは、軍から出る退役軍人のケースとは対照的な、兵士になる入隊する正にその時から贈賄を行って便宜を図ってもらう入口での話である。
★.一つは海外華僑向けのニュースサイト「博訊」網に掲載された
「河南での兵士リクルートで汚職が深刻 入隊許可を得るため90%が金を贈る」
という記事。
★.そしてもう一つは徴兵時の汚職が深刻なことに軍当局が危機感を強め緊急通達を出したことを受けて掲載された『解放軍報』の
「国防部征兵弁公室が要求 兵士リクルートでの不正の風潮と腐敗の問題を断固抑制すること 清廉な兵士リクルートのために巡視で密かに調査」
という記事である。
* * *
【記事(1)2014年9月13日『博訊』ネット(抄訳)】
●海外華僑向けサイト「博訊」網の本記事 親たちが心配そうに見送りしている
9月6日以降、河南省出身の新兵が各地の部隊に赴き、入隊登録を行っている。
質の高い兵士の入隊、兵士募集の清廉さ確保するために河南省軍区は少なからぬ措置を講じて兵士募集における腐敗現象の抑止を図り、一定程度の効果を上げてきたが、複雑な社会問題や暗黙のルール等の問題を全面的に解決することができておらず、汚職問題は依然としてとても深刻である。
汚職問題発生の根源の
一つは武装幹部(地方自治体の軍関連事務を担う官僚:筆者)や兵士受け入れ部門幹部の汚職であり、
二つ目は入隊を奪い合うような競争があり、青少年の親が賄賂でもってコネを作ろうとすることがある。
人口百万の県(日本では町レベルに相当する自治体:筆者)で募集する兵士は400人程度であり、少し大きめの郷や鎮(県よりも更に下級の自治体:筆者)では30人程度であり、入隊を許可された青年の90%が賄賂を贈り、合格した兵士の親は大体5000元程度(約8万5000円程度:筆者)を送るため、一人当たりの兵士につき武装部長が受け取るのは3000元程度(約5万円)で一度の徴兵で郷・鎮の武装部長は10万元(約170万円)程度受け取ることになるという。
今年の新兵をまだ送りださないうちに河南省では少なからぬ郷・鎮の武装部長が捕まった。
入隊する青年の親たちは皆、武装部において金品を要求されなかったかについて記入することが求められたため、親たちは皆、なかったと書き込んだが、後になって彼らは、本当はあったがとぼけたふりをしたと告白した。
これほど多くの措置があっても意地汚い幹部たちを取り締まる事は無理なのだ。
最近、国の状況は変化が激しいが、青年たちの兵役への情熱にも少なからぬ変化があり、
部隊は兵士を充足させるのに十分な兵士供給源を確保している。
変化の一つには兵役に就く際の基準が下がっていることであり、もし、お礼(自分の子供を入隊させるのに:筆者)の額が5000元を超えるのであれば一部の親は子供を入隊させるのをあきらめるということだ。
■「4つの厳格な要求」に基づいて
【記事(2)2014年8月12日『解放軍報』(抄訳)】
8月1日に軍の徴兵作業が全面的に着手されてから、徴兵の身体検査、政治思想考査の作業が全面的に展開されており、じきに兵員の予備選定の重要段階に入る見込みである。
清廉な兵士募集を確保し、各規定が求める内容をしっかり実施させるため、国防部徴兵事務局(中国語名は征兵弁公室:筆者)は緊急通達を出して兵士募集作業における不正の風潮や汚職の問題を断固防止することを求めた。
●『解放軍報』紙の本記事
通達は、各レベルでは必ず「4つの厳格な要求」に基づいて、身体検査を行う責任制をきちんと実施し、政治的考査の規定の求めに沿い、上級から下級への勝手な募集人数の差替えを厳格に禁止し、問題の責任を厳しく追及するよう求めている。
厳格な身体検査責任制では、徴兵の身体検査は各県(市、区)の衛生部門(厚生、医療監督を行っている)が指定した医療或は検査機関で行い、衛生部門は分担して全てのプロセスに参与して検査専用の認証印を管理して使用し、担当人員を決め、誰が検査し、責任を負ってサインし、認証印を保管するかをというように実行することが求められた。
政治考査規定の厳格な実施では徴兵期間には公安、教育部門の徴兵担当部門による徴兵作業担当人員が集中的に事務を行い、募集者の年齢、学歴や違法規律違反の履歴の有無などの審査を行い、年齢や学歴詐称の防止が図られる。
下級機関に対する勝手な募集人数の差替え禁止では、兵士の確定や任務地決定等は必ず兵役担当機関、公安、教育、衛生部門や郷・鎮・街道の武装部等5つの機関によって集団で検討され、公表される。規律監督部門が全プロセスで参与、監督を行い、必要時には受け入れ担当部隊の人員が介入して、質の低い人員が入隊しないように個人の言いなりになるような状況を防止しなければならない。
問題責任を厳しく追及するという事では、徴兵機関に各規律監督部門では関係常務について巡視、監督を展開し、問題を直ちに発見し、群衆による監督、世論監督作用を発揮させて、通報された問題や発見された手がかりなどを通じてしっかりと調査を行う事が求められている。
国防部徴兵事務局は近く総政治部の規律検査部門や国の関係機関と連携して捜査人員を選抜して専門の徴兵に関する作業グループを組織して、各地での清廉潔白な徴兵を徹底するため、各種規定の実施状況について隠密捜査を行い、問題発見次第、厳粛に捜査処分を行い、徴兵任務において良好な社会環境を作りだすよう徹底させるという。
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【解説】
記事(1)は、海外華僑向けニュースサイトで中国政府に批判的な『博訊』サイトならではの内容で、
中国社会では通常、軍に関する否定的な具体的内容についての報道は検閲によってなされることはほとんどない。
ただ記事(2)で紹介した軍機関紙の『解放軍報』が伝えた緊急通達によって贈収賄蔓延の深刻さが裏付けられた形になっている。
●新兵の配置先一覧リスト。地方の軍機関が新兵任地の配置先を公表。
多くの新兵が国内治安部隊の武装警察に配置され、特に新疆ウイグル自治区への配置が多いことが窺える。
尚、中国での兵役制度について簡単に説明しておくと、一番の基本原則は、「中華人民共和国憲法」に記された
「法律に依拠して兵役に服し、民兵組織に参加することは中華人民共和国公民の栄光ある義務」
と記された条項(第2章)であり、国民には「国防の義務」があることから、徴兵制が建前であるが、志願兵で充足できるため選抜徴兵で、実質的な志願制となっている。
中高や短大、大学を卒業した若者の就職が困難になるなか、兵役に就くことが公務員という職業選択の一つになっていることから兵役斡旋で賄賂が横行する事態になっているのである。
また、同時に地方の軍機機構のいわゆる「武装幹部」にとっては兵役斡旋がうまい汁を吸えるビジネスと化しているわけである。
尚、兵士のリクルート、入隊の時期はこれまで年間を通じて春と冬の2回に分けて行われてきたが、2013年から冬の募集をやめて夏から秋にかけて行うように改変されている。
四半世紀近く行われてきた冬季募集が秋に繰り上げられていて正に現在この時期こうした問題が発覚し、緊急通達が出される事態になっているのだ。
■トップから地方の末端まで蔓延する汚職
地方の軍機関(省の軍管区傘下の軍分区、人民武装部といった各自治体に置かれる軍関連機関で指揮命令系統は軍に属する)は軍事作戦の展開というよりも徴兵や退役軍人の福利厚生を主な任務としており、厳密に言えば軍事機構の主な目的である国防、軍事作戦実施を行うわけではなく、武器装備を扱う機会も多くなく、いわば軍事行政機関というべき機構である。
そのため、80年代半ばに軍の機構改革に着手され、兵員削減が目指された際には、軍の財政負担軽減のため、こうした機関は軍から切り離して地方政府の管轄下に入れることが模索された。
天安門事件前後でこの動きは挫折したもの、このような課題は現在でも変わっておらず、地方の軍事機構の軍からの切り離しは今後進められる軍の機構改革においても検討されるとみられる。
こうしてみると中国軍における汚職の問題はそのトップから地方の末端まで深く蔓延し、また入隊から昇進、そして最後には退役という一連のプロセスにおいても贈収賄がはびこっている。
習近平が「戦って勝てる軍になれ」とハッパをかけ、盛んに演習を行って戦力強化を図っているが、一番の問題は汚職蔓延による内部からの瓦解であることは、この記事からもよくわかるであろうし、それは自身が一番よく分かっているはずだ。
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