2014年12月16日火曜日

「中国を転覆させる」のは誰か? :脅威は外部勢力か、汚職官僚か、 中国共産党支配の揺らぎを露呈

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WEDGE Infinity 日本をもっと、考える  2014年12月16日(Tue) 
弓野正宏 (早稲田大学現代中国研究所招聘研究員)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4549

「中国を転覆させる」のは誰か?
脅威は外部勢力か汚職官僚か 学者と軍人が激論

 12月7日に開かれたシンポジウムでの過熱した議論が注目を浴びている。
 中国共産党機関紙『人民日報』社傘下の『環球時報』社が主催した年度総会
 「環球時報2015年会:大国は簡単ではない?何を焦り競争するのか
での議論だ。
 様々な論題の中でも白熱し、メディアの注目を浴びたのは
 「カラー革命:“外部勢力”と“党内汚職官僚”どちらが中国を転覆させるのか」
という論争だった。
 会議には多くの大学教授、軍人(退役も含む)等多くの専門家が出席したが、
 論争は解放軍の彭光謙少将と王海運少将と中国社会主義学院の王占陽教授との間で行われた。


●『環球時報』2014年度総会特設サイト http://world.huanqiu.com/special/nianhui2014/

 日本人として外部から見ると非常に滑稽だが、本人たちは至って大真面目で議論を展開し、会議場外でも議論したようである。
 それだけ癇に障ったのかもしれないが、同時にこれは中国共産党政権で許される言論の自由の境界線であるボトム・ラインを示したといえるかもしれない。
 そこでこの論争を掲載した『観察者網』サイトの
 「環球時報年会での学者による誰が中国を転覆させうるかを巡る激論:
 外部勢力それとも党内汚職官僚?」(2014年12月7日)

という記事を紹介する。

 不思議な事に当の環球時報はこの激しい論争を取り立てて取り上げておらず、淡々と発言者たちの主張を取り上げているだけだ。

■軍人:「外部勢力」がカラー革命を策動

 軍のシンクタンクである軍事科学院に長年籍を置いた彭光謙少将(中国国際戦略学会高級顧問)は、
 カラー革命(中国語では「顔色革命」と呼称)とは
 西側敵対勢力演じる“狼おばあさん“(赤ずきんちゃんのストーリーの中の)であり、既に彼女は国の門を叩いている」
と危機感を露わにする。
 「カラー革命」とは中東や北アフリカで起きたいくつかの「革命」をまとめて指す。
 バラ革命(グルジア03年)、
 オレンジ革命(ウクライナ04年)、
 チューリップ革命(キルギス05年)、
 紫の革命(イラク05年)、
 ジャスミン革命(チュニジア10年)
等だ。
 彭将軍は香港の「セントラル占拠運動」も「カラー革命」の一つであり、
 「西欧による中国を混乱に陥れようとする試み」
とパラノイアを露わにした。

 彭将軍はネットで度々保守的な主張を繰り返してきたことで有名だが、彼によれば、西側諸国は過去数十年の長期にわたり中国でイデオロギーの浸透を図り、一定の社会的世論を形成するまでになったという。
 こうした試みよって一定の雰囲気を作りだし、中国の転覆を図っているというわけだ。
 しかし、これに対して中国が問われるのは強い信念と意思を持っているかであり、もし「思想における万里の長城があれば野犬が入り込むことはない」と思想教育とプロパガンダの意義を強調した。

 王海運少将も中国は「カラー革命」の現実的脅威に直面していると述べた。
 彼は「カラー革命(を起こす)の社会的土壌は基本的に整っており、政府や共産党のために話をする人は少なく、共産党を悪者にする傾向が大手を振ってまかり通っている」と述べた。

■学者:「銃を持つ汚職官僚が転覆させる」


●『観察者網』の同記事(2014年12月7日) 彭光謙少将(上)と王占陽教授(下)
http://www.guancha.cn/politics/2014_12_07_302655.shtml

 しかし、中央社会主義学院の王占陽教授は別の考えを持っている。
 彼によると
 中国は大国であり、簡単に崩壊することはなく、
 いつもカラー革命を心配するのは国が自信を欠如している表れだ
と言い切る。
 社会主義学院はその名前だけ見れば、イデオロギーに凝り固まった保守的なグループの牙城のように見えるが、その実、
 共産党ではない民主党派や無党派グループをまとめ、団結を図るいわゆる「統一戦線工作」のために作られた大学
である。
 それゆえ王教授のよう中国では比較的リベラルな考えの研究者が多いのかもしれない。

 王教授はそのような西側が教育したインテリは最終的には秀才でもあり、中国に対して大きな影響を持つことはなく、それよりもむしろ周永康や徐才厚といった銃を持つ(周永康は警察や秘密警察の上に君臨する政法委員会を牛耳っていた)「腐敗分子」が最も驚かせる者で
 「彼らは共産党を赤い党から黒い党に変えうる」
というのだった。

 王教授はさらに、北アフリカや中東でカラー革命が発生した地域は社会が既に暗黒で、庶民の生活が苦しいため革命がおきたわけで、外部勢力だけが原因だというわけではないと主張した。
 そうした国の国民は皆、簡単に騙されるほど愚かだというのか、というわけだ。

 彼は、鄧小平が切り開いた中国の特色ある社会主義の道を中国が歩み続ける限り、社会での政治はクリアで、政治は平等で、みんなが豊かになるというのではないか。
 カラー革命など恐れる必要があるのか、と問いかけた。

 しかし、これに対して海軍の楊毅少将は反論し、王教授が「党校の教授が党を信じず、社会主義学院が社会主義を論じないとは如何なることか」と強く糾弾した。
 これに対し王教授は、自分は100%社会主義の核心的価値観と鄧小平理論に賛同しており「反腐敗が社会主義を論ずることでもあり、反腐敗でないなら全ての社会主義は嘘っぱちだ」と主張した。

■軍の警戒感を示すドキュメント「較量無声」


●ドキュメンタリー『較量無声』。下の画像の訳は、「学者や官僚の買収を図り、親米派の育成を図っていると警戒感を露わにしている」

 彭光謙少将も王教授の主張に我慢ならなかったようだ。
 彼は反腐敗とカラー革命をごっちゃに論じることはできず、腐敗は取り締まらなければならないが、カラー革命も取り締まらなければならないと主張し、反腐敗だからカラー革命に対して批判せずに、抑えないということではなく、二つは別物だと強調する。
 一体全体、どちらの視点が支持されているのか。
 誰が中国を転覆させるのだろう。

 こうした論争から
 中国共産党政権がいかに強い危機感を持っている
かが窺えるが、こうした危機感、特に軍が抱くパラノイアとも思えるほどの危機感は、2013年6月に軍の最高学府である国防大学が中心となり、軍総政治部保衛部、総参謀部三部、中国社会科学院、中国現代国際関係研究院と共同で制作した「較量無声」(声なき戦い)というドキュメントを想起させる。
 ドキュメントの内容は一言で言えば、中国の転覆を狙う米国の策略に警戒せよというものだ。


●(上)欧米が国の転覆を図っていると主張する国防大学の王朝田副校長
(下)情報売買、売国行為が横行と指摘する于善軍少将、後に更迭される
拡大画像表示

 このドキュメントは軍の兵士教育用映像として編集されたようだが、中国国内のネットに出回るとすぐに削除された。
 論争の拡大を恐れたためか、もともと内部用だったために社会に流通すると不都合だったためなのか、当局が削除した意図は不明であるが、一度流出してしまったことから海外のサーバーなどを使っているためか、まだネット上に残っている(中国国内でのネット閲覧はできないようだ)。

 「較量無声」が強調したのは、
★.政治、
★.文化、
★.世論・思想、
★.組織、
★.政治干渉・社会の浸透
という5つの点からの外部からの浸透の脅威だった。
 こうした外部勢力による浸透の主なアクターは米国であり、米国は様々な機会を通じて米国の価値観を中国に植え付けることを試み、各レベルの権力機構においても欧米的な思考化が進むように陰謀を巡らせ、米国の望む通りに中国が考え行動するようにしようとしているというのだ。
 また様々な手段を講じて指導者層を誘惑し、籠絡して腐敗させようとしたとしている。

 中国で汚職高官が次々に生まれるのは欧米による陰謀に乗せられたからだといわんばかりの主張には失笑を禁じ得ない。
 習近平政権は軍高官の汚職の取り締まりも強化しており、12月中旬までで元制服トップの徐才厚・元中央軍事委員会副主席を除き、9人の将軍が逮捕されている。
 中でも楊金山中将の処分は2014年10月に開かれた党の18期4中全会で審議され、発表されるという異例なものだった。
 そしてもう一人は「較量無声」の中でインタビューを受けて答えていた于善軍少将だ。

 于少将は、ドキュメントで軍の情報、要害部門において情報の売買が行われ、国を裏切り、敵に寝返る事件が相次いだが、これは敵の浸透によるもので、商業的利益に目が眩んで、賄賂を受け取っていると指摘した。
 米国は中国軍の高官についての個人的情報を収集し、獲物を探してきたというのだ。
 汚職官僚は海外に資産を移しており、それは米国の情報部門によって情報は掌握されているという。
 その目的を達成させないため、経済的腐敗を政治的腐敗に転化させ、思想的転変を政権的転変に転化するのを防止せよと訴えた。

 こうした転変は少数の学者や官僚が反党、反国家、売国の意見を主張する事によって容易になっているという。
 驚くのは「較量無声」では北京大学教授の籍を追われた夏業良、ノーベル賞を受賞した劉暁波、著名な経済学者である茅于軾、法学者の賀衛方といった学者の名前や顔も映され、犯罪者扱いされていることだ。
 またこうしたリベラルな学者だけでなく、法輪功、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)というような組織に対しても憎しみを露わにしている。
 シンポジウムで「外部勢力による転覆の陰謀」を強調した軍の将軍たちは概ね同じようなスタンスから王占陽教授に対して激しい反対議論をぶち上げたのである。


●『遼寧日報』2014年11月13日
http://epaper.lnd.com.cn/lnrb/20141113/index.htm

 保守派が危惧を抱いているのは軍だけではない。
 教育機関でも同様であり、例えば中国社会科学院の会議に置いてドキュメントにも出ている李慎明副院長も欧米による思想的浸透に警戒感を持つよう呼びかけているし、
 遼寧省の新聞紙は、大学の教員として中国に批判的な事を学生に教えるな、という趣旨の論説を掲載した。
 中でもリベラルで知られる『炎黄春秋』誌や茅于軾氏率いる天則経済研究所は保守派の激しい攻撃を受けている。

 薄熙来事件以降、中国政治ではこれまでにないほどの激震が起きているが、それは激しすぎるほどの汚職官僚の摘発、機構改革という二つの政策が同時に展開されている事を受けてのものだ。
 民主や自由といった普遍的価値を巡る論争も「西側敵対勢力による転覆」の試みの一部と捉えられる。
 中国国内の政治論争は一層激しさをましているが、シンポジウムでの議論は
 中国共産党支配の揺らぎを露呈した
といえる。